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水の都、大阪は立派な橋も多い。堂島川と土佐堀川に架かる天神橋。
渡りきって北へ少し歩くと日本1長い商店街の入り口に行きつく。(2015.8月撮)







さあ、いい季節になりました。行楽シーズン到来。鉄道ファンとしては電車に乗って、どこかへふらっと旅したいものである。みなさんもいろいろと旅行の計画をたてているのではないでしょうか。

そうはいっても、諸事情によりなかなか遠出ができない方もいらっしゃるはずです。それならば、地元都島区でも散策してみてはどうでしょう。健康のため、ウォーキングついでに出かけてみませんか。ぼくが実際に歩いて写真におさめたところだけですが、ご紹介しましょう。

まずはコクアから歩いて1分のところに「鵺塚(ぬえづか)」というのがあります。本通3-18。

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昔、1153(仁平(にんぴょう)3)年、宮中に鵺という怪物(顔はサル、胴体はタヌキ、手足はトラ、尾はヘビ)がよく現れたので、源頼政(みなもとのよりまさ)というひとが、これを退治し、その死骸を小船に乗せて淀川に流したところ、河口付近の都島(当時は滓上江(かすがえ)と呼ばれた)に漂着した。

祟りを恐れた村人がここに埋葬し、弔ったということだ。(このあと尼崎にたどり着いたという説もある。)

この史跡、「都島三大がっかり」のひとつである。


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本通の交差点から西に約200m行くと、「都島神社」がある。

1160(永暦元)年建立とあり、そうとう古い。

宮司さんにお聞きすると境内にある石造遺物は鎌倉時代(市内最古)からのもので、狛犬や燈篭は江戸時代からのものであるらしい。本通1-5。

都島神社のすぐ北に母恩寺(ぼおんじ)というお寺がある。1168年、後白河法皇が生母侍賢門院の菩提寺として建立。うっかりすると通り過ぎてしまうくらい目立たないが、当時はこのあたり一帯に10以上の大伽藍を有するほど壮大な寺院であったという。

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今ではひっそりとしている母恩寺。
本通1-20















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都島神社から北へ約200m進むと大きなクスノキがある。これは、「渡辺綱・駒つなぎの樟(わたなべつな・こまつなぎのくす)」という。

この周辺は、かつて大江山の鬼退治で有名な源頼光(みなもとのよりみつ)の領地であり、995~999に産土神社(うぶすなじんじゃ)を創建し、そのときにこのクスノキを植えたと言われている。

そして、頼光の家来の渡辺綱がこの神社に詣でるたびに、この木に自分の馬をつないだということだ。

樹齢約900年とされていたのだが、第2次大戦の戦火で枯れ死してしまった。

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大川に出て、川沿いを北上すれば毛馬の水門にたどり着く。

現在は新式で電動ゲートだが、1960年までは水量調節は角材を落とし込む「角落とし」という手法だった。

旧水門の一部は保存されていて中を歩くことができる。









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毛馬の水門から坂道を上がると淀川の堤防。

毛馬出身の俳人与謝蕪村の句碑には
「春風や 堤長うして 家遠し」とある。

1777年の長詩「春風馬堤曲」のなかで、故郷へ急ぐ女性の感情を蕪村が郷愁の念をこめて描いたとされている。

都島の歴史散歩もなかなか捨てたもんやないですなあ。